4.23.2009

芽吹@TKY

とてもいい季節を迎えている。緑が芽吹き温度湿度も穏やかで光がきれいだ。外に出ることに喜びを感じ、なんだか体が軽くなった気がする。三月末重かった鼻も目も。

走り始めた。(再び)

駒沢公園まで家から2キロ、駒沢公園内ジョギングコース一周2キロ、帰り道2キロ、計6キロをゆっくりと走る。朝出勤前の一時間くらい公園にはたくさん人がいる。走ったり、歩いたり、犬の散歩をしたり。公園と家との間にもたくさんの発見がある。七時頃にはもう開いているパン屋とか、バス停で待つ人々、お寺がレストランをやっていたり。

やはり走るとなると日頃の不摂生で体が重い。心は軽いけど体は重い。体が重いと心も重くなる。

ipodとナイキのセンサーを手に入れてこの習慣が続くように気持ちを強化した。

靴の底に発信機を、ipodに受信機をつけて走るのだけれど、走った時間と距離が正確にわかるのでなかなか面白い。ナイキの専用ウェブ上でデータを同期させ蓄積していくので一か月どのくらい走ったのか、平均ペースなどわかる。

4.06.2009

膨張@TKY

新年度を迎えると東京はふっと大きくなった気がする。グンと膨張したというか。
新しく学校に入ったり、企業に入ったり。人が増え人の流れが遅くなる。粘度が増す。
冬が終わり春になり明らかに街ゆく人が明るい。
この東京のテンションも五月を過ぎればなんだか落ち着いてくる。「この授業は出なくてもいいや」という人が増えてくるのかな。

昨週末に新宿、渋谷にいってきたが混雑ぶりはなかなかだった。
東京の環状線、山手線が私鉄と交差する新宿・渋谷・品川・東京・秋葉原・上野・池袋・高田馬場という駅がターミナルとなり人が集まってくる。

新宿・渋谷と仕事場を変えるに従ってターミナル駅が変わってきたけれど今春からは目黒になった。

桜@TKY

東京ではいま桜が満開だ。花見の話題が周りから聞こえてくる。
千鳥ヶ淵、目黒川縁など集中的に植わっているところで同時に一気に咲くというのはやはり壮観。
桜の季節が年度の境目という時期とあいまって人の心を動かすのだろう。
きれいだなあ。
ソメイヨシノはクローンによって増やしているため樹齢が60年ほどであるという。
同じ場所に同じ時に植えた桜が同時に枯れるらしい。

4.03.2009

流動体構造とカタール@RTM

ドーハでの仕事を担当してすでに2年半以上になる。
出張も今回で8回目となるが、数ヶ月おきに来るたびに都市の急速な変化を肌で感じることが出来る。世界規模で経済危機が騒がれている中、カタールは未だその影響をあまり受けずにいる。というのもドバイと異なりこの国にはまだまだ天然ガスと石油が豊富に存在するからで、今はそのドバイやアブダビから流れてくる労働者が急激に増えているらしい。

カタールは他の中東諸国と異なり天然資源から得られる膨大な利益の多くを文化施設の充実と国民の教育に注いでいる。大規模都市開発という視点からは常に他の中東都市に遅れをとっていたが、長期的な国家の成長を見据えたカタールの指針はこの経済危機によってその重要性が改めて評価されつつある。ドバイのように一夜として姿を現した市場都市は時として蜃気楼のごとく揺らぎ、砂のお城のようにふたたび砂漠に回帰してしまいそうな危うささえ感じるが、都市開発以前に国の歴史と文化の確立を図るカタールはお城の基壇をまずしっかり固めているのがわかる。

写真は担当しているプロジェクトと同じ大学キャンパスに建設中の磯崎新氏による建築。もともとフィレンツェの駅のコンペで姿を現した佐々木陸朗氏との共同開発による構造体がその後いくつかのコンペ案を経てここドーハで現実化されつつある。『流動体構造』と呼ばれたこの構造体自体の必要性には多少なりとも疑問を感じるが、状況によってその形態を変化させながら常に安定状態を保ちつつ成長するこの構造のシステムは、カタールという国における国家成長の構造を表現しているようにも感じられた。砂漠に枝を広げて生えたこの植物は果たして今後どのくらいしっかりと地に根がはるのか気になるところである。

3.24.2009

プラハ・ブルノ@RTM

もうすでに2週間以上前になるが、突如チェコへ週末を利用して行って来た。
ブルノにあるミースのチューゲントハット邸が近いうちに改修工事に入ると聞いて、急遽その前に見学しておこうというのが旅の本来の目的であったが、せっかくなら世界遺産でもあるプラハの町も見ておきたいという理由から滞在場所はプラハにした。

10世紀ころから存在するというプラハのお城を背景に広がる中心市街はやはり期待していた以上に美しく、現在に至るまでの歴史が途絶えることなく都市自体に刻み込まれ、積層している様が新鮮だった。東京もロッテルダムも同じ世界大戦により都市の中心が一度白紙に近い状態まで壊滅してしまったわけで、そんな都市と比べると、あらゆる歴史の断片が現在の日常の中に染み渡っているプラハの町は逆に異様な気がしたくらい。同僚の友達という人の家に泊めてもらったが、その家というのも11世紀くらいから存在する城壁の基礎にあたる部分をくり抜いたようにして出来た住居で、部屋の壁、天井のいたる場所にはフレスコ画が修復されて残されていた。

そんなプラハだが、50年代あたりからソビエトによる共産化の影響を強く受ける。ブルノに電車で向かう途中に見えたいくつもの農村には必ずといってよいほどコンクリート造のアパートがそびえ立ち、プラハ中心部でも地下鉄の駅に降り立つとその当時の影響が見て取れる。実際チェコスロバキア共和国が民主化の実現を遂げたのは1989年とごく最近のことである。カフカや写真家のJosef Sudekといった人物の活動の場としても有名だが、芸術の分野に留まっていたキュービズム運動をプラハにて建築の分野に巻き起こした建築家たちの個人名はあまり広く知られていない。

今回はチューゲントハット邸とともに、プラハ市内に今も残るアドルフ・ロースによるミュラー邸も見学してきた。完成がほぼ同じ年というこの二つの住宅を見れたことはとても良かったと思う。ユニバーサルスペースのミースと、ラウムプランのロース。どちらも連続する空間を意識して設計された建築だが、その答えはまったく異なる。基壇上から外界の地平線へと空間が連続する前者と、閉じた箱の中をスパイラル上に空間が連続する後者。限られた素材の壁が白色の空間内に浮遊する前者と、あらゆる壁、床、天井が常に多数の素材で埋め尽くされた後者。単純に印象を言えば、ミースの建築は文句なしですばらしかったし、そのデザインは現在においても陰りを感じさせないほど斬新であったが、一方ロースのミュラー邸はグロテスクで拒否反応を引き起こしそうなほどであったが、各空間ごとに思考を凝らした形跡が色濃く表れていて、じわじわとそのグロテスクな空間が強い魅力へと変わっていった感じ。まだ自分でもうまく消化しきれていないが、次回はぜひウィーンに出向いてさらにいくつか彼の建築を堪能してみたい衝動に刈られている。


3.06.2009

桜餅@TKY

3月に入った。
桃の節句。桜餅を作った。上新粉を水で溶き大和芋を混ぜたものをそのままフライパンで焼き、餡子を包んで桜花漬をのせた。季節とともに何かをしようとしているが今回は無理やりだったかな。ひな祭りは女の子を持つ家族にしかあまり関係のない行事。
この季節は花粉症の身としては最も嫌いな季節。学生の時は学校もないし旅行に出かけたりして花粉症のない国に脱出できた。今は無理。共存しなければならない。手始めに杉花粉の顕微鏡写真とか眺めてみた。

3.05.2009

スタジアムシティー@RTM

アヤックススタジアム。
サッカーファンが同じチームにいると試合を見に行く機会が増える。UEFA CUPの試合でアヤックス対イタリアリーグ•フィオレンティーナをアムステルダムのスタジアムまで見に行って来た。試合結果は1−1の引き分け。
試合も面白かったけど、スタジアム自体のほうが自分にとっては印象に強く残った。1996年に完成したスタジアムは屋根が開閉式で、どの客席からもピッチが完璧に見渡せるよう設計されているとのこと。でもこのスタジアムがユニークなのは、その断面図である。スタジアムの地上階と二階が駐車場になっており、その中央を道路が通っている。高速道路から直接駐車場に入ることが可能だ。この道路と駐車場の真上の階がピッチとそれを囲むようにフードコートが並んでいて、さらに上は客席となっている。客席の階にたどり着くために、スタジアムを取り巻くいくつもの入り口にはエスカレーターが設置されており、その他階段や作業員用の入り口などを含めると、スタジアムはまるで巨大なタコのように見える。インフラとエンターテイメントが重なり合った極めて高密度でアーバンな状況が、アムステルダム郊外で周辺にはろくに何もない場所に突如としてそびえ立っている。

タコで思い出すのはまさにOMAによるZeebrugge Sea Terminal プロジェクト(1989)だが、フェリーターミナルではなく最近ではスタジアムに覆いかぶさるように、ホテルやアパート、ショッピングモールなどがくっついたスタジアムコンプレックスの計画が増えている。ピッチ下はインフラ、ピッチの上は居住空間、ピッチ周辺は商業施設といったメガスタジアムが今後出来てくると、もともと都市の郊外に存在していたスタジアムが都市機能そのものとなりうることを想像させる。その際、ピッチは時として市民の注目を一度に集めるステージ(政治的演説の舞台)であると同時に、ピッチから見える景色というのは都市と社会の断面そのものである。本来パフォームする側のピッチが観戦する側となり、観戦しているはずの側が実はパフォームしている、ちょうど国会会議をテレビを通じて見ている我々市民の状況が物理的に表現されたメガストラクチャー。
旧大阪球場が一時期、住宅展示場として利用されていた時の様子。現代版、コロシアム。